病院の事業承継の現状は?承継先別の承継方法や問題点・注意点を解説

病院は医療法で医療法人に分類されており、このことが病院の事業承継を複雑なものにしています。多くの中小企業が後継者不足に悩み、事業の存続と廃業の瀬戸際にありますが、病院も例外ではありません。病院の経営を次の後継者に引き継ぎ、半永続的な事業の継続を達成するためにはどうしたらいいのでしょうか。

この記事では、病院における事業承継の動向や具体的な方法について解説します。

病院と事業承継

病院における事業承継について解説する前に病院や事業承継の定義について理解しておきましょう。事業承継を実施する企業が属する業界によって事業承継のポイントや注意点が異なります。特に病院のような規制産業の場合には事業承継に一定の規制が設けられていることが珍しくありません。

病院の定義

病院について記載している法律に「医療法」があります。医療法とは、日本の医療制度の中核を構成する法律であり、病院や医院、診療クリニック等の医療施設の開設・管理、医療に関する情報提供やサービスの種類、罰則などを規定しています。

医療法第39条では、医療法人について「病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設又は介護医療院を開設しようとする社団又は財団は、この法律の規定により、これを法人とすることができる。」と規定しています。つまり、病院は法律上は医療法人として扱われていることが分かります。また、厚生労働省が医療法の改正にあたって公表した「医療法人の基礎知識」において、医療法人について「病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設又は介護医療院を開設しようとする社団又は財団」と規定しています。

医療法と厚生労働省の資料から、病院やクリニックが医療法人であることや医療法人が通常の株式会社と異なる取り扱いとなることが分かります。この法律上の取扱いの違いによって、病院を含む医療法人の事業承継は通常の株式会社の事業承継と異なることになります。

さらに医療法の第7条6項では、病院等の開設について、「営利を目的として、病院、診療所又は助産所を開設しようとする者に対しては、第四項の規定にかかわらず、第一項の許可を与えないことができる。」と規定しています。つまり、病院等の医療法人は営利を目的としない法人であることが分かります。この医療法人の「非営利性」こそが病院を含む医療法人の事業承継の特徴となっています。

事業承継

病院は医療法で「医療法人」として定義されていること、そして医療法人は「非営利性」が特徴であることを解説しました。ここからは事業承継について解説します。事業承継について理解しておくことで、病院の事業承継のプロセスや注意点などが分かります。

事業承継とは、会社の経営の後継者への引き継ぎを指します。会社の事業(経営)を(承継)受け継ぐことから、事業承継と言われています。中小企業においては円滑かつ確実な事業承継が企業存続を左右すると言われています。

というのもオーナー社長が創業者や創業者一族である中小企業では、オーナー自身が会社の強みや取引先とのネットワーク、営業基盤を支えていることが珍しくなく、経営者の交代によって、これらの要素を失ってしまう可能性があるからです。

事業承継においては、次の社長を誰にするのか、という経営者の交代が注目されがちです。しかし、事業承継は社長の交代だけではなく、自社株の相続や後継者教育の方法、社員や取引先との信頼の醸成、社長の個人保証など、様々な問題を解決する必要があります。したがって、事業承継は単なる社長の交代ではなく、事業そのものの承継を意味しています。

病院を取り巻く事業承継の現状

法律上の病院の定義や事業承継について解説しましたが、病院を取り巻く事業承継の現状はどのようになっているのでしょうか。病院などの医療法人に重点を置いた事業承継関連のレポートはありませんが、中小企業庁は「中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題」において、中小企業の事業承継の現状について分析しています。同報告書によれば、2025年までに経営者の平均引退年齢である70歳を超える中小企業の経営者は245万人、そのうち半数の127万社で後継者未定となっています。つまり、中小企業において早急な事業承継対策が求められているということです。

続いて、総務省が公表している「経済センサスから見た日本の個人企業」というレポートを見てみましょう。同レポートでは、業種別の企業に占める個人経営の割合を示しています。個人経営の割合が高い業種ほど、中小企業や小規模零細企業の割合が高いと予想されます。そして、医療・福祉業界における個人経営の割合は60.3%と他の業界と比べて高い水準になっています。なお、病院の規模については患者の数や病床数によって決まっています。

上記の2つのレポートから、多くの中小企業において事業承継対策が喫緊の課題となっており、医療法人の多くが中小企業に含まれることから、多くの医療法人においても事業承継対策が課題となっている可能性が高いと分かります。

さらに日本国内最大手の信用調査会社である帝国データバンクが2019年に公表した「全国・後継者不在企業動向調査(2019年)」によれば、国内の企業のうち約65%が後継者未定である一方で、医療法人は無床診療所で約9割、有床診療所で約8割と平均よりもさらに厳しい状況にあります。つまり、中小企業のなかでも医療法人はさらに厳しい後継者不足に陥っているということです。

事業承継の構成要素

事業承継とは単に社長を交代することではなく、自社株の相続や後継者の育成までを含めた広範な事業の承継を指していることを解説しました。事業承継の具体的な方法やその定義については諸説ありますが、中小企業庁が公表している「事業承継ガイドライン」が参考になります。

事業承継ガイドライン」は、深刻化する中小企業の後継者不足に直面して、中小企業庁が中小企業向けに円滑な事業承継のため に必要な取組、活用すべきツール、注意すべきポイントなどを解説したものです。同ガイドラインでは、事業承継に際して、次の後継者に承継すべき経営資源として以下の3つを挙げています。

  • 人の承継
  • 資産の承継
  • 知的資産の承継

それぞれについて具体的に見ていきましょう。

人の承継

人の承継は経営の承継とも言われています。病院の場合には、理事長や院長の承継と言えるでしょう。人の承継は承継する3つの経営資源の中でも最も重要なものです。病院の大多数は中小企業が占めていますが、そのような小規模の病院では理事長個人の手腕に病院の強みや取引先とのネットワークが依存していることがあります。したがって、現在の理事長が培ってきた事業を誰に委ねるのかという後継者選定の問題は事業承継の成否を左右します。

人の承継は一朝一夕で完了するものではありません。通常の中小企業では少なくとも5年、ケースによっては10年の年月を要すると言われています。病院の場合には、病院経営の特殊性からさらに長い期間がかかると考えていいでしょう。後継者育成に長期の時間を要することを考慮すると、後継者候補の選定は出来るだけ早期に開始すべきであると考えられます。詳細は後述しますが、人の承継についてはこれまで主流であった親族内の承継から外部に後継者を求める動きが出てきています。状況によってはM&Aなどの外部の第三者への事業承継の可能性も視野に入れて検討を進めるべ きでしょう。

資産の承継

資産の承継とは、病院が事業を行うために必要な資産を後継者に承継することを指します。これらの資産の内容には以下のものが含まれます。

  • 病院の建物
  • 医療機器
  • 運転資金
  • 債権と借入

通常、株式会社の場合には会社が保有している資産は純資産、すなわち株式に内包されるため自社株の承継がメインとなります。しかし、病院の場合には後述するように、株式ではなく出資持分の承継となります。この点、通常の株式会社と異なるので、注意が必要です。また、出資持分の承継についても贈与税や相続税が課税されます。後継者の納税資金が不足している場合には、税負担に配慮した承継方法を検討したり、納税資金の確保、補助金の活用などを検討することになります。そのため、資産の承継に際しては税理士などの税の専門家に相談することが不可欠となります。

知的資産の承継

知的資産とは、会計上の「のれん」のことです。中小企業庁が公表している「事業承継ガイドライン」では、以下のように定義されています。

従来の貸借対照表上に記載されている資産以外の無形の資産であり、企業における競争力の源泉である、人材、技術、技能、知的財産(特許・ブランドなど)、組織力、経営理念や病院の方針、顧客とのネットワークなど、財務諸表には表れてこない目に見えにくい経営資源の総称

例えば、町の小規模な病院では理事長と看護師や医療スタッフの距離が近く、両者の信頼関係が事業の円滑な運営 において大きな比重を占めていることが少なくありません。そのような場合に、理事長の交代によって信頼関係が喪失することで、従業員の大量退職に至った事例もあります。病院の経営を支える医療スタッフの離職を防ぐためにも自社の強みや競争力の源泉が理事長と医療スタッフの信頼関係にあることを後継者が深く理解し、従業員との信頼関係構築に向けた取組を行う必要があります。

病院の事業承継スキーム

中小企業庁が公表している「事業承継ガイドライン」によれば、事業承継のスキームや手続きには大きく分けて、以下の3つがあります。

  • 親族内承継
  • 従業員承継
  • M&A

病院の多数を占めると予想される中小企業において、これまで親族内承継が最もポピュラーな事業承継スキームでした。親族内承継は他の医療スタッフや取引先の理解が得やすく、円滑な事業承継が可能です。

しかし、若い世代の価値観の多様化や職業の多様化、また全国で深刻化する医師不足などによって、病院の親族内承継が難しくなっています。

一方で贈与税や相続税の負担が増大することから、病院の従業員に承継させる従業員承継も一般的な事業承継スキームとはなっていません。そこで、注目を集めているのが病院の外部に承継先を求めるM&Aです。

ここからは、病院の事業承継スキームとして一般的な親族内承継とM&Aについて解説します。

親族内承継

病院の親族内承継の方法は主に以下の2つの方法があります。

  • 出資持分の移転
  • 出資持分の払戻し

それぞれについて解説する前に医療法人の設立方法について理解しておく必要があります。

医療法人は開業の時に社員が法人に出資することで設立されます。そして、出資額に関係なく、社員全員が同じ議決権を保有します。

出資持分の移転

理事長が出資している持分を後継者に移転する方法です。この場合には、後継者への譲渡代金と取得費の差額に対して、所得税と住民税が課税されます。また、理事長以外のすべて社員の同意が必要となります。

出資持分の払戻し

理事長が病院を退職し、出資持分に相当する払戻を受けます。後継者が新たに病院に出資して、入社し、その後理事長に就任します。この場合、理事長と後継者の間で出資持分のやり取りがないので、税金は発生しません。ただし、理事長以外のすべて社員の同意が必要となります。

M&A

M&Aとは、Merger And Acquisition(合併と買収)の略で、直訳すると「企業の合併と買収」となります。つまり、病院の外部の第三者との買収の条件の合意によって、外部に病院を売却する事業承継スキームです。通常の株式会社では発行した自社株式を価格の交渉を経て、第三者が買収することで、事業承継を実施しますが、病院などの医療法人は株式を発行していません。したがって、病院では以下の方法でM&Aを実施します。

  • 持分譲渡
  • 出資の払戻し
  • 合併

それぞれの方法について具体的に見ていきましょう。

持分譲渡

持分譲渡は病院のM&Aので最も一般的な承継方法です。理事長の出資持分を外部の第三者に移転します。この場合、理事長以外のすべて社員の同意が必要となります。

出資の払戻し

理事長が病院を退職し、出資持分に相当する払戻を受けます。外部の第三者が新たに病院に出資して、入社し、その後理事長に就任します。この場合も理事長以外のすべて社員の同意が必要となります。

合併

合併とは、複数の会社を1つの会社に統合する形でM&Aを行う手法です。ちなみに病院などの医療法人は「非営利性」が法律で規定されているため、医療法人同士の合併のみが認められています。

まとめ

この記事では病院の「非営利性」やそれに伴う事業承継対策の特殊性、病院の事業承継の現状などについて解説しました。

中小企業では、深刻な後継者不足が続いていますが、病院を含む医療法人では後継者不足が特に深刻です。また、通常の株式会社と比べて、事業承継方法が特殊ですので、対策を検討する際には税務に詳しい弁護士や税理士のサポートが必要になるでしょう。