倉庫業界におけるM&Aの現状とは?M&Aの事例やメリットも解説

倉庫業とM&A

倉庫業界におけるM&A関連のレポートやデータについて分析する前に倉庫業の概要やM&Aの定義を理解しておく必要があります。国土交通省などの監督官庁のレポートには「物流業界」や「運輸業」「運送会社」と記載されていても、「倉庫業」が含まれていることが往々にしてあります。

ここからは倉庫業やM&Aの定義について解説します。

倉庫業界とは

倉庫業界は寄託を受けて顧客の荷物や物品、商品、製品を倉庫などで補完する受託事業です。国内で倉庫業は倉庫業法という法律の規制を受けます。同法第二条では、倉庫業について「寄託を受けた物品の倉庫における保管を行う営業」と定義しています。

一般社団法人日本倉庫協会によれば、倉庫業はさらに以下の3種類に分類されます。

  • 普通倉庫業

農業、鉱業(金属、原油・天然ガス等)、製造業(食品、繊維、化学工業、紙・パルプ、機械等)といった幅広い産業の様々な貨物に加え、消費者の財産(家財、美術品、骨董品等)を保管する

  • 冷凍倉庫業

8類物品(食肉、水産物、冷凍食品など10℃以下で保管することが適切な貨物)を保管する

  • 水面倉庫業

5類物品(原木等)を水面で保管する

また、総務省が公表している「日本標準産業分類」では、以下の一覧の業種を「運輸業」と定義しています。

  • 鉄道業
  • 道路旅客運送業
  • 道路貨物運送業
  • 水運業(卸、小売)
  • 航空運輸業
  • 倉庫業
  • 運輸に附帯するサービス業郵便業(海運を含む)

したがって、倉庫業は運輸業の一部であり、運輸業に関するM&Aのレポートやデータ、情報には倉庫業が内包されていると解釈できます。

また、一般的に運輸業は物流業界に内包されていると考えられているので、物流業>運輸業>倉庫業となります。

M&A

国内最大の実績を誇るM&A仲介会社である日本M&Aセンターによれば、M&Aとは「企業の合併買収のことで、2つ以上の会社が一つになったり(合併)、ある会社が他の会社を買ったりすること(買収)」です。ちなみにM&Aは”Merger And Acquisition”の略称であり、Mergerとは「合併」、Acquisitionは「買収」という意味です。ただし、一般的には会社や経営権の獲得、事業譲渡として理解されています。

従来、M&Aといえば、いわゆる外資系ハゲタカファンドや個人が安値で株式を買い叩き、企業を乗っ取った上に高値で売り抜いて、巨額の富を得るというイメージがありました。しかし、近年では深刻化する中小企業の後継者不足の解決策として注目を集めています。

中小企業庁は中小企業白書において、M&Aの成約件数を公表しています。これによれば、M&Aの成約件数は毎年増加しており、M&A市場は活況化しています。1985年では全国で260件だった件数は2017年には3,050件を記録するなど過去最高を更新しています。

倉庫業界におけるM&Aの現状

倉庫業界に焦点を当てたM&A件数の推移は不明ですが、中小企業庁は「中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題」において、中小企業のM&A件数について「増加傾向にある」と報告しています。さらに後継者不足を背景とする事業承継型のM&Aについては、2012年の184件から2018年には544件と増加しています。

ここで問題となるのは倉庫業界のM&A件数の推移ですが、国土交通省は「物流を取り巻く動向と物流施策の現状について」で物流業界の中小企業の割合を公表しています。このレポートによれば、倉庫業界に属する企業のうち91.0%が中小企業です。さらに日本M&Aセンターによれば、国内物流企業が絡むM&A件数は2009年の52件から増加傾向にあり、2020年では91件となっています。上述のように倉庫業界は物流業界に属していますので、国内の倉庫業界においてもM&A件数が増加していると予想されます。

ただし、時事通信が公表しているM&A統計によれば、2021年の倉庫業界のM&A件数は11件となり、2012年以降の10年間では2016年(7件)、2018年(10件)に次いで、下位から3番目となりました。M&A件数の減少については、新型コロナウイルスの影響があると考えられています。

倉庫業界におけるM&A事例

コロナ禍で一定の落ち込みは見られるものの、倉庫業界を含む中小企業でM&Aの成立数が増加しており、今後も増加傾向が続くことを解説しました。

ここからは買い手もしくは売り手企業が倉庫業界に属しているM&A成功事例を解説します。

成功した事例について確認することで、自社のM&Aの可能性やM&Aが実施される背景などがわかるかと思います。

ハマキョウレックス

買い手は3PL(物流一括受託)を展開するハマキョウレックスです。同社は主に関西圏で3PL事業を拡充することを目的に売り手の栄進急送にM&Aを提案しました。栄進急送は大阪や兵庫など関西地域で倉庫事業を展開しており、ハマキョウレックスの事業拡大に最適な相手でした。

ハマキョウレックスは栄進急送の株式全部を取得することで、2021年2月に買収を完了させました。買収価格は非公表となっています。

SBSロジコム

譲受企業は株式会社SBSロジコムで、同社は都内を拠点に倉庫事業の他にも運送事業や不動産賃貸管理業などを展開する総合物流会社です。同社は同じ倉庫業界に属する旭新運輸開発を2021年3月にM&Aで買収しています。

旭新運輸開発のトップはM&Aについて、「当社が顧客と共に成長し、社員の幸せを実現する会社を目指すためにも、安定した経営基盤をもつSBSグループのもとで従業員が安心して働き、物流を学び成長を遂げ挑戦し続け、着実な社業の伸張を遂げたいと考えている」と述べており、経営基盤の安定化が目的となっています。

買収方法は株式全部の取得ですが、具体的な売却価格は非公表となっています。

倉庫業界における売り手側のM&Aのメリット

直近では新型コロナウイルスの影響で倉庫業界のM&A件数は鈍化していますが、長期的には増加傾向にあると予想されます。倉庫業界及び物流業界全体でM&Aが増加している理由やM&Aのメリットについて見ていきましょう。

後継者問題の解決

先程ご紹介した国土交通省の「物流を取り巻く動向と物流施策の現状について」によれば、倉庫業界の91%、つまりほとんどの企業が中小企業となっています。

また、中小企業庁は「中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題」において、中小企業の後継者不足について以下のように報告しています。

2025年までに、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人 となり、うち約半数の127万(日本企業全体の1/3)が後継者未定。

つまり、倉庫業界の大半を占める中小企業において後継者不足が課題となっていることが予想されます。経営者の引退前に後継者を選定できなければ、黒字廃業に陥る可能性がありますが、M&Aによって外部の第三者に経営権を承継できると廃業を免れることができます。M&Aは後継者不足への対応に悩む倉庫業界にとって、事業承継の切り札といえます。

大企業の傘下に入れる

倉庫業界に関係なく、M&Aが実施される時に買い手が大手企業、売り手が中小企業というケースがよくあります。例えば、2021年に実施されたハマキョウレックスによる栄進急送の買収やSBSロジコムによる旭新運輸開発の買収など、大手企業による買収が目立ちます。

このような場合、買収によって子会社化された中小企業は大手企業に所有されることになります。親会社のホールディングスの一員になるかもしれません。大手企業は中小企業や小規模零細企業に比べて、資金力が豊富で、体制が整っていますので、最新設備の導入や倉庫作業員の待遇改善にも意欲的です。傘下に入った中小企業は子会社として親会社の支援を受けて、事業を成長させることができます。事業の成長は社員の待遇改善につながり、これまで事業継続を支えてくれた社員に報いることができます。

売却利益の獲得

M&Aが成立するためには買い手が売り手企業の自社株式を全部買い取る必要があります。倉庫業界の大半を占める中小企業においてオーナー社長が全株式を保有していることが少なくありません。その場合、オーナー社長は自社株式の譲渡によって多額の売却利益を獲得することができます。

先程ご紹介したハマキョウレックスによる栄進急送の買収やSBSロジコムによる旭新運輸開発の買収では買収価格は公表されていませんが、一般的に売り手企業の純資産価格が参考値になります。純資産価格に過去の営業利益3年分を加算して、暫定的な売却価格とします。

例えば、純資産1億円、営業利益3,000万円と仮定すると、売却価格は以下のとおりです。

売却価格=純資産1億円+営業利益3,000万円×3年分=1億9,000万円

もちろん、中小企業によって資本力や利益額は大きく異なり、また毎年の業績も変動しますので、必ず上記の金額を獲得できるわけではありませんが、一度に大きな金額が手に入ることは事実です。さらに事業から引退する時には役員退職金が支給されますので、受け取る金額はさらに大きくなります。売却利益を活用して、新しく事業を始めたり、早めのセカンドライフを構築することもできます。

倉庫業界における買い手側のM&Aのメリット

倉庫業界におけるM&Aは買い手企業にも多くのメリットをもたらします。上述したハマキョウレックスによる栄進急送の買収やSBSロジコムによる旭新運輸開発の買収はいずれも買い手企業が売り手企業に提案して成立した案件です。

ここからは買い手企業から見たM&Aのメリットについて解説します。

倉庫業界への新規参入

業界動向リサーチによれば、2020年-2021年の倉庫・運輸業界の業界規模(主要対象企業41社の売上高の合計)は2兆9,290億円となっており、毎年増加傾向にあります。インターネット通販の急速な普及により貨物量が増加していることから倉庫業界にとっては追い風となっています。現在、メーカーなど物流業界に属していない企業や物流事業のうち倉庫機能を持たない企業の中には倉庫事業への新規参入を考える企業もあるかもしれません。

しかし、倉庫事業に限らず、新しい事業を開始するには多大な初期投資が必要になります。また、倉庫作業員や取引先の開拓など準備に莫大な時間と労力を投入する必要があり、実際に事業が軌道に乗って、利益が出るのは相当の時間がかかります。

しかし、倉庫会社を買収した場合には初期の準備期間を省略し、すぐに利益を出すことができます。M&Aは言うなれば、お金で時間と労力を買うプロジェクトといえます。結局は自社で一から事業を始めるよりも遥かに低いコストと短い時間で利益を出す体質を作ることができます。

シナジー効果を発揮できる

倉庫業界に限らず、M&Aでは買い手企業と売り手企業の事業のシナジー効果が期待されています。M&Aにおけるシナジー効果とは、2つあるいは複数の企業や事業が統合されることで、単純合算を上回る成果を生み出すことです。

例えば、買収企業の売上が100億円、売り手企業の売上を1億円とした場合に、単純合算するとM&A成立後の売上高は101億円です。しかし、シナジー効果が発揮されることで、120億円、150億円、200億円といった具合に投資した額以上の効果を得られることがあります。

M&Aによって期待できるシナジー効果の例は以下のとおりです。

  • 仕入れ作業の効率化や取引先に対する交渉力の強化による仕入れコスト削減
  • 事業用資産や技術、ノウハウの共有・利用による生産性向上
  • 物流事業や運送事業の内製化によるコスト削減
  • ブランド力向上や販路拡大による売上向上
  • 組織の合理化によるコスト削減
  • 財務基盤の強化による資金調達能力の向上
  • マネジメント部門の統合によるコスト削減

上記以外にも様々な効果が期待できます。

まとめ

この記事では倉庫業界におけるM&Aの現状やM&A成立によって期待される買い手・売り手の別に双方のメリットの様について解説しました。

一般に倉庫業界とは倉庫という施設を利用して事業の経営を進めていますが、流通加工や輸送など運送を行っている企業を指す場合もあります。

倉庫業界を含め中小の後継者不足が深刻化する中で大手によるM&Aは有力な選択肢になり得ます。買い手にとってもトラックや貨物自動車、自動車のドライバー不足解決、事業の拡大が可能です。また、土木(工事)や印刷、介護、製造、医薬品、化学など運送業以外の会社がecの影響で成長する倉庫業に新規参入するためにも有効です。ニュースでも2021年は個人情報保護とともに国内や海外でM&Aを検討する倉庫企業も増えていると話題になっています。

実際にM&Aを進める時には財務や法務、税務、システム、方針、採用情報などの広範かつ専門の知識や経験が必要になります。まずは自社の顧問税理士や取引のある金融機関など希望すれば料金が無料でできる範囲で相談してみましょう。

また、M&A仲介のサービスを提供している仲介会社に登録・相談してみてもいいかもしれません。最近では、東京や関東を中心に事業承継のニーズのある会社向けにサービスを提供しているM&A仲介会社もあるようです。まずはネット上でM&Aサービスを販売している企業を検索するとともに中小企業庁のガイドラインを確認しましょう。