運送会社のM&Aのメリットとは?デメリットや注意点も解説

運送業界とは?

運送会社のM&Aについて解説する前に「運送業界とは?」について理解しておきましょう。ここからは運送会社の定義や概要、混同されがちな物流会社との違いについて解説します。

運送業界の定義

貨物自動車運送事業法第2条第1項によれば、一般貨物運送事業とは以下のように定義されています。

この法律において「一般貨物自動車運送事業」とは、他人の需要に応じ、有償で、自動車(三輪以上の軽自動車及び二輪の自動車を除く。次項及び第七項において同じ。)を使用して貨物を運送する事業であって、特定貨物自動車運送事業以外のものをいう。

簡単に言えば、運送会社とは、トラックなどの車両を利用して、他者の物品や荷物を輸送し、届けることで手数料を受け取っている会社です。運送会社は日本国内のモノの輸送を担っており、日本経済及び地域の社会基盤産業といえます。ちなみに上記の法律で挙げられている「特定貨物自動車運送事業」とは、特定の1社のみの貨物運送を行う事業を指します。こちらも運送事業に含まれると考えられます。

また、総務省が公表している「日本標準産業分類」によれば、以下の業界をまとめて「運輸業」と定義しています。

  • 鉄道業
  • 道路旅客運送業
  • 道路貨物運送業
  • 水運業
  • 航空運輸業
  • 倉庫業
  • 運輸に附帯するサービス業郵便業

運送業界と物流会社の違い

運送会社と物流会社はよく混同されます。運送会社の経営者も自分たちを「物流会社である」と認識している場合があり、逆もしかりです。この記事では、運送会社のM&Aについて解説していますので、両者の違いについて初めに明確にしたいと思います。

提供する規模は関係なく、トラックなどの車両で荷物を運搬し、手数料を稼ぐのが運送会社です。一方で物流会社は荷物の運搬などの運送業のみならず、物流に関するあらゆる業務(加工、梱包、保管、配送など)を担っています。したがって、物流事業のうち、運送事業を行うのが、運送会社であり、全般的な物流を担うのが物流会社といえます。

運送会社は顧客から預かった荷物の運搬・運輸が事業ですので、荷物を効率的かつ安全に配送することに集中します。この記事では、荷物の運搬を担う運送会社に視点を当てて、M&Aについて解説します。

運送業界の業界動向

国土交通省が報道関係者向けに配布した「令和元年度 宅配便等取扱個数の調査及び集計方法」によれば、トラックによる宅配便取扱個数は昭和60年の493万個から令和元年には4,291万個と約10倍近くに増えています。令和元年時点で総取扱個数4,323万個のうち、トラック運送は4,291万個と全体の99%を占めています。

令和元年は前年と比較して、7%増加するなど市場は拡大傾向にあります。近年、トラック運送の需要が拡大している背景には、スマートフォンを中心とするデジタルデバイスの発達によるネット通販市場の拡大とフリマアプリによる個人間取引の拡大があります。また、新型コロナウイルス感染症の拡大による巣ごもり消費が消費者のEC利用を促進しています。今後もネット通販やフリマアプリの普及に伴って運送業界の市場は拡大が見込まれています。

2021年3月決算時点の主要各社の動向を見ると、売上高1位が日本通運株式会社(売上高20,791億円、シェア16.1%)、2位が日本郵政株式会社(売上高20,309億円、シェア15.7%)、3位がヤマトHD株式会社(売上高16,958億円、シェア13.1%)と上位3社で市場全体の約半分を占めています。このように大手企業の運送会社が存在する一方で、運送会社のほとんどを中小企業・小規模零細企業が占めており、荷主に対する立場が弱いことから、適正な運賃の収受が難しく、厳しい事業環境となっているようです。

運送業界におけるM&A動向と増加の要因

運送業界におけるM&A案件の数はどのように推移しているのでしょうか?

中堅・中小企業の友好的M&A支援サービスを提供している日本M&Aセンターによれば、運送業界におけるM&A案件は増加傾向にあります。2009年時点では、52件でしたが、2020年では91件となっています。

国内運送会社のM&A成約案件が増加している背景にはなにがあるのでしょうか?増加の要因について解説します。

後継者不足

運送会社に限らず中小企業では、経営者の後継者不足が深刻化しています。帝国データバンクが公表している「全国企業「後継者不在率」動向調査」によれば、全国の企業の65%以上が経営者の後継者が不在の状態です。経済産業のレポート「中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題」によれば、70歳以上の経営者245万人に対して、半分の127万社が後継者が決まっておらず、現状のままで推移した場合では60万を超える企業が黒字にもかかわらず廃業する可能性があるようです。

中小企業が事業者のほとんどを占める運送業界も例外ではありません。運送業界については、若者の参入が少なく業界全体が高齢の従業員が多いという特徴から、後継者が不足していると推測されます。これまでは、家族に引き継ぐ親族内承継や従業員から後継者を探す従業員承継が主流でしたが、廃業を避けるために大手企業などの外部に後継者を求める事業譲渡及びM&Aが活発化しているものと予想されます。

ドライバーの人手不足

総務省統計局によれば、日本全体として、労働力人口(就業者+完全失業者)は、2021 年平均で6860 万人(前年比△8万人)と、2年連続の減少となっています。

運送業界も例外ではありません。公益社団法人全日本トラック協会の事業者向けのパンフレット「ドライバー不足の対策していますか?」によれば、高齢男性の労働力に依存している運送業界では深刻なドライバー不足となっています。

これは少子高齢化に伴う労働力人口の減少に加えて、トラックドライバーという職種特有の長時間労働・低賃金という労働環境が影響しています。トラック事業の維持・発展の為には、ドライバーの労働条件を改善し、若年労働者を呼び込む対策が必要であることは言うまでもありません。

しかし、中小企業・小規模零細企業を中心とする運送業界では、労働環境の改善が難しいこと、また労働環境を改善して、労働者に魅力ある職場づくりを構築するには多大な労力と時間がかかります。したがって、トラックドライバーを確保し、人材不足を解決するための即効性のある対策として、M&Aが活用されています。また、M&Aによって、会社の規模を大きくした上での労働者の待遇改善を図るためにもM&Aは注目されています。

燃料費高騰

経済産業省のレポート「トラック運送業界における認識と課題」によれば、トラック運送事業の運送コストのうち人件費比率が約40%と最多で、次いで燃料油脂費が約15%を占めています。

運送業界の99%を占める中小企業・小規模零細企業にとって主要料金である燃料費の高騰は利益を圧迫する重大な危機です。一般社団法人エネルギー情報センター(EIC)が運営する新電力ネットによれば、トラックの燃料費となる軽油の価格は上昇しています。背景には産油国の減産や米中貿易摩擦、新型コロナウイルスのワクチン接種が進んだことで経済活動が再開した、など様々な要因があります。

高い燃料費コストへの対応として、M&Aによって会社規模を大きくして、経営基盤を盤石にしようという動きがあります。

競争環境の激化

経済産業省のレポート「令和2年度流通・物流の効率化・付加価値創出に係る基盤構築事業 物流市場における競争環境や労働環境等に関する調査」によれば、トラック運送会社は、「事業者の98%がトラック保有台数100台以下であり、また、その中でもトラック保有台数10台以下の企業が半数以上を占める、小規模事業者が乱立した市場」となっています。もともと運送会社はトラックとドライバーさえいれば、簡単に事業を開始できるので、参入障壁が低く、小規模事業者が続々と参入してきました。

競争環境が激しいため、他社と差別化を図るために運賃の値下げ競争が起きて、収益性の確保が難しくなっています。このような業界環境のなかで、M&Aによって規模を拡大し、経営・生産・販売等の機能を大きくすることで、経済効率や生産性を向上させたり、地域シェアを拡大する動きが活発化しています。

新型コロナウイルス感染症

新型コロナウイルス感染症の影響によって、個人やモノの移動が制限されています。特に法人向けの荷物は多くのメーカーが工場を休業したことで、配送する荷物自体が急減した運送会社も珍しくありません。損保ジャパンが2021年5月に発表した「物流ニュース」によれば、機械や鉄鋼、自動車関連の貨物取扱量が減少しているようです。

このように新型コロナウイルスの影響で多くの運送会社が打撃を受ける中で、M&Aによって規模を拡大し、経営基盤の強化を図る運送会社があるようです。

2024年問題とは?

運送会社のM&A案件が増えていることやその要因について解説しましたが、向こう数年で運送業界におけるM&A案件はさらに増加すると考えられています。その背景には上記に挙げた理由のほかに「2024年問題」があります。

2024年問題とは、働き方改革関連法によって、2024年4月1日以降「自動車運転業務における時間外労働時間の上限規制」が適用されることで起こる問題です。近年の働き改革のなかで長時間労働の是正があらゆる業界で提唱されてきましたが、労働集約型産業である運送会社では、対策が猶予されていました。しかし、トラックドライバーを含む「自動車運転の業務」に対して、時間外労働時間が年間960時間に制限されます。これまでは労働時間の規制が事実上ない、もしくは無視されてきた運送会社においても勤務時間の上限は法定労働時間+年960時間となり、制限が設けられるのです。しかも、この規定に違反すると罰則があるので、強制力があります。

この労働規制によって、トラックドライバーの収入が減少し、より高い給与を支払う運送会社に人材が流出すること、また運送会社の売上が減少することが危惧されています。運送会社としては、新しい規制に対応して、売上と働き方改革を両立することが理想ですが、99%を占める中小企業や小規模零細企業にそのような余裕はないでしょう。労働時間の削減にはこれまで1人で担当していた貨物量を2人に増やす必要がありますが、人材を雇う余裕もありません。そこで、この先、大手の運送会社に買収されることで、ドライバーの充実と後継者問題を一気に解決しようと自社の譲渡を検討する運送会社がさらに増えると予想されます。

運送業界におけるM&A事例

運送業界において行われたM&Aの事例を紹介します。

過去に実施された案件を参考にして、運送会社のM&Aがどのように行われるのかイメージを掴みましょう。

M&A事例の一覧は以下のとおりです。

  • 東洋運輸倉庫
  • パナソニックロジスティクス
  • 東特運輸

東洋運輸倉庫

売り手である東洋運輸倉庫は、東京を拠点として、通関業、東京臨海部の大型倉庫を利用した営業倉庫、貨物運送取扱業、保税蔵置場、損害保険取扱業務などを行なう会社です。

首都圏への人口集中や電子商取引の普及によって、関東の首都圏内で倉庫需要が拡大していました。

買い手であるSBSホールディングスは、首都圏を中心とした倉庫需要を取り込むため、また東洋運輸倉庫の運送機能を活用して、総合物流事業を展開するためにM&Aに踏み切りました。

財務基盤の強化を目指していた東洋運輸倉庫と利害が一致し、2021年1月にSBSホールディングスが東洋運輸倉庫の全株式を取得する形でM&Aが成立しました。

パナソニックロジスティクス

売り手であるパナソニックロジスティクスは、大阪を拠点として電機物流において貨物の運送事業を展開する会社です。同社は運送事業におけるさらなるシェア獲得に意欲的でした。

買い手である日本通運は運送業界最大手です。同社も運送事業における規模拡大を目指していました。

両者の利害が一致し、2013年3月に日本通運はパナソニックからパナソニックロジスティクスの一部株式を譲渡され、M&Aが実施されました。

東特運輸

売り手である東特運輸は長野県を拠点として、電線・ケーブル加工品等の製品開発を事業とする東京特殊電線の子会社です。

東特運輸は東京特殊電線における運送機能を担っていました。しかし、東京特殊電線がグループ全体として貨物量が減少したことで、東特運輸の売却先を探していました。

買い手は司企業です。同社は全国に70という数の営業拠点を持ち、一般貨物運送や自動車部品の運送を行なう大手総合物流会社です。同社はさらなる事業拡大を目指しており、東特運輸の売却先として最適でした。

2016年に東特運輸の発行済株式のうち、東京特殊電線が保有する分が司企業に売却されることで、M&Aが成立しました。

運送業界における買い手のメリット

運送会社を買収する買い手側のメリットについて解説します。

事業規模の拡大

買い手側にとって一般的なメリットは事業規模の拡大です。M&Aによって譲渡企業のドライバーやトラックなどの経営資源が加わることで、売上の向上や地域シェアの拡大といった効果が期待されます。本来、これらの経営資源の獲得には多くの労力と時間がかかりますが、M&Aによって時間をお金で買うことができます。

また、トラックなどの車両や設備は通常の価格よりも安価で取得することが可能で、事業規模拡大のコストを抑えることができます。

生産性の向上

M&Aによって譲渡企業のノウハウや知見を吸収することで、生産性の向上が期待できます。合併した2社の重複する機能を削減・縮小することによるコスト削減や単純に規模が大きくなったことで荷主に対する価格交渉力の強化などが考えられます。これらはすべて生産性の向上に寄与するものです。

また、運送機能以外の物流を手掛ける物流会社が運送会社を買収することで、自社の運送機能を強化し、物流全体の機能性を向上させることができます。

ドライバーの獲得

新規ドライバーの獲得は運送業界・物流業界にとって切実な問題です。国土交通省の「物流標準化と物流現場の現状」によれば、平成30年12月時点のトラックドライバーの有効求人倍率は3.03倍と全業種・職種の平均1.57倍の約2倍の水準です。

運送会社・物流会社の間では熾烈なドライバー獲得競争が起こっていますが、M&Aによって採用活動などを省略して、新規のドライバー数を大量に揃えることができます。

また、ドライバー不足の根底にあると言われている低賃金や長時間労働などの労働環境についても規模が拡大することで、対処がよりしやすくなります。

運送業界における買い手のデメリット

運送会社を買収する買い手側のデメリットについて解説します。

運送会社特有のリスクを負う

運送機能を持たない物流会社などがM&Aによって運送事業を開始する場合には、運送会社特有のリスクを負うことになります。運送会社、特に中小企業や小規模零細企業の場合にはドライバーの賃金未払い、コンプライアンスの不徹底などが起こりえますが、最も重大なリスクは荷物の輸送中の事故です。

公益社団法人全日本トラック協会の「事業用トラックが第1当事者となる死亡事故件数(令和3年11月末現在)」によれば、令和3年の貨物車両の死亡事故件数は329件となっています。運送会社が保有するトラックのような大型車両では、ドライバーの不注意や疲労、経験不足などの諸要因によって死亡事故が起こりやすい傾向にあります。自社の従業員が重大な事故を起こした場合に、会社として刑事・民事上の責任を問われる可能性があります。

また、人身事故に至らなくとも、輸送中の荷物の破損や汚損に対する損害賠償責任やドライバーの怪我などに対する補償責任が生じる場合があります。

実際、物流会社の中にはこのようなリスクを回避するために運送事業については外部の運送会社に外注しているケースがあります。

ドライバーの離職

慢性的なドライバー不足は運送業界全体の問題であり、熾烈な人材獲得競争が繰り広げられています。M&Aによって、短時間で大量のドライバーを増やすことが可能ですが、買収後にドライバーが離職する可能性があります。ドライバーの離職によって、事業拡大や生産性の向上などM&Aの目的が達成できないかもしれません。

これは運送会社に限定した話ではなく、クレイア・コンサルティング株式会社のプレスリリースによれば、譲渡企業の4割以上の従業員がM&A実施時に転職を考えており、実際に1年以内に約10%、3年以内に約20%が離職しているようです。運送業界は慢性的な人手不足ですので、トラックドライバーの人材流出はこの数字以上の可能性があります。同プレスリリースによれば、 M&A発表時に社員が感じる不安は「自分の給与や賞与がどうなるか」が最も多いようです。より大手の運送会社に買収されることで、待遇の改善を期待するドライバーも当然いますので、期待に応える条件の提示が必要でしょう。

簿外債務のリスク

簿外債務とは貸借対照表など会計帳簿に記載されていない債務です。債務の保証や訴訟による賠償義務、未払い賃金などが該当します。M&Aの手法によって、譲渡企業の簿外債務を包括的に承継することになります。

運送会社の場合、最も可能性があるのは未払い賃金です。国土交通省・厚生労働省のレポート「トラックドライバーの人材確保・育成に向けて」によれば、トラックドライバーは荷主や物流の施設の都合で行なう荷下ろし作業の時間、いわゆる「手持ち時間」について、主に以下のような結果が出ています。

・配達時に1時間以上の手待ち時間がある割合 : 24.5%

・集荷時に1時間以上の手待ち時間がある割合 : 7.4%

・配送センターでの1時間以上の手待ち時間がある割合: 45.2%

運送会社によりますが、運送会社の99%を占める中小企業や小規模零細企業では、手待ち時間が労働時間として評価されない、つまり会社側に無料で労働力を提供しているドライバーもいます。しかし、たとえ手持ち時間であっても使用者の指揮命令下にある場合には労働時間として扱う必要があり、その場合には通常の賃金支払い義務が発生します。

譲渡企業や手持ち時間について賃金を支払っていないことがM&A後に判明した場合には、買い手はドライバーに対して、未払い賃金を支払う義務があります。

運送業界における売り手のメリット

運送会社を買収する売り手側のメリットについて解説します。

事業承継によって廃業を阻止できる

運送会社に限らず、経営者の後継者不在は日本の中小企業に共通する課題です。経済産業省の「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」によれば、2025年までに70歳を超える中小企業の経営者245万人のうち約半数の127万社において後継者未定となっています。後継者不在のまま、経営者が引退した場合には実績が豊富で黒字の企業であっても廃業する他ありません。

国土交通省の「トラック運送業の現状等について」によれば、トラック運送会社で勤務する人のうち約45%が40〜54歳、一方で29歳以下の若年層は全体の10%以下です。これは、トラックドライバーの高齢化を示すデータですが、経営者が同様に高齢化していることは容易に予想できます。

運送会社の経営者が引退する前にM&Aによって、大手企業などの他社に事業を譲渡することで、会社を存続させることができます。ドライバーの雇用は維持され、取引先は発注を続けることができるのです。

ドライバーの待遇改善

国土交通省の「トラック運送業の現状等について」によれば、トラック運送会社のドライバーは全産業と比較して低賃金・長時間労働となっています。これが若年層や女性の就職忌避、ひいては産業全体の高齢化を招いています。

労働条件の改善は運送業界の課題の一つですが、99%を占める中小企業や小規模零細企業にとって、急な方針転換によって経費の40%を占める賃金の引き上げや労働時間の短縮を実施することは難易度が高いです。

M&Aが実施されると、自社よりも規模の大きい大手企業に買収されるのが通常です。より資金力があり、経営基盤が盤石な企業の傘下に入ることで、ドライバーの待遇改善が可能になるかもしれません。

ドライバーの採用難易度が下がる

国土交通省の「トラック運送業の現状等について」によれば、平成30年時点のトラックドライバーの有効求人倍率は2.68倍と全産業平均1.35倍の約2倍です。

つまり、圧倒的な売り手市場であり、ドライバーは運送会社を選ぶ立場にあります。より待遇の良い事業者や知名度のある事業者にドライバーが集まるのは当然のことです。

M&Aによって、大手企業の傘下に入ることで、待遇改善や知名度の向上が期待できます。これらの要素はドライバーが就職先を選ぶ際に魅力的に映るでしょう。

運送業界における売り手のデメリット

運送会社を買収する売り手側のデメリットについて解説します。

顧客の反発

国土交通省・厚生労働省のレポート「トラックドライバーの人材確保・育成に向けて」において、指摘されているように99%を占める中小企業や小規模零細企業は顧客となる荷主に対して立場が弱いです。価格交渉力もなく、荷主の言い値で料金を決めざるを得ないこともあります。

しかし、通常、M&Aによって会社が親会社に吸収されると、配送料金や契約条件がグループ全体で統一されます。これによって、配送料金が上がり、契約条件は顧客にとって不利な形で改定されるかもしれません。これまで良い条件で配送の依頼をしてきた顧客にとっては運送会社の都合で条件が変更になるため、反発する可能性があります。

事業基盤の拡大や事業の継続を目的として、M&Aを実施しても顧客が運送会社を乗り換えれば売上が減少するかもしれません。

買収企業が見つからない

M&Aのマッチングサイトの登録して、売り手案件が掲載されている掲示板などを見ると一目瞭然ですが、自社のM&Aを希望する売り手の運送会社はたくさんあります。「自社を売りたい」と考える運送会社が多い中で運送業界のM&Aは買い手市場です。交渉次第ではありますが、希望する条件で買収してくれる企業がなかったり、そもそも買収企業が見つからない可能性があります。

また、運送会社の場合はトラックドライバーの事故リスク、それに伴う損害賠償リスク、荷主の荷物の破損・汚損に伴う損害賠償リスクなど様々なリスクがあります。このようなリスクを嫌って、運送機能を自社で持たずに運送会社に外注する物流会社もあります。したがって、運送会社の売却は他の業界の企業を売却する場合に比べて、難易度が高いと言えます。

運送会社のM&Aで気をつけたい「運送業許可」とは?

貨物自動車運送事業法第3条には以下のような規定があります。

一般貨物自動車運送事業を経営しようとする者は、国土交通大臣の許可を受けなければならない。

つまり、運送事業を経営するためには、国土交通大臣もしくは地方運輸局長の許可が必要です。

また、貨物自動車運送事業法第30条には以下のような規定があります。

一般貨物自動車運送事業の譲渡し及び譲受けは、国土交通大臣の認可を受けなければ、その効力を生じない。

現在、運送事業を経営していない企業が運送事業への新規参入を考えて、運送会社を買収する場合には、「運送業許可」の譲渡に国土交通大臣の認可が必要になります。

「運送業許可」を承継するには?

それでは、運送会社の買収によって、「運送業許可」を取得するためにはどうすればよいのでしょうか?

貨物自動車運送事業法第30条3項には以下のように規定されています。

第五条及び第六条の規定は、前二項の認可について準用する。

貨物自動車運送事業法の第5条(欠格事由)と第6条(許可の基準)には、「運送業許可」の取得の条件について記載されています。同条は「運送業許可」の新規取得について定めていますが、譲渡について準用されますので、しっかり確認しておきましょう。

まとめ

経営者の高齢化に伴う運送業界の事業承継対策やドライバー不足などを背景として、運送会社のM&A案件は増加傾向にあります。

買い手にとっては、事業拡大やドライバーの獲得、売り手にとっては事業の継続やドライバーの待遇改善といったメリットがあります。

今後も運送会社を取り巻く厳しい事業環境は継続すると予想されますので、M&Aのニーズは高いまま推移するでしょう。

この記事で開設したメリットやデメリットなどを参考にして、最新情報を取得したり、顧問税理士や金融機関などの専門家からと相談・確認しながら、運送会社の買収・売却を検討しましょう。