中小企業における事業承継対策の必要性や具体的な実施方法

事業承継とは

事業承継に明確な言葉の定義があるわけではありませんが、一言で言えば、会社の経営を後継者に引き継ぐことです。そのため、事業承継について、後継者の選定及び承継と解釈することが多いようです。

事業承継は特に中小企業において重要になります。中小企業では、オーナー経営者が経営上の決定において独占的な権限を有し、会社の強みや営業基盤、取引先とのネットワークの基盤そのものになっていることが多く、円滑な事業承継が実施されないと会社の経営に悪影響を及ぼすかもしれません。

中小企業庁が公開している「第2章 事業の承継」では、事業承継について「人の承継」「資産の承継」「知的資産の承継」の3つの構成要素に分けています。

上記のサイトに沿って、事業承継の構成要素について紹介します。

人の承継

「人」の承継は「経営権」の承継とも言われています。経営権とは主に自社株式の承継とそれに伴う権利行使を指しています。

株式に付与される議決権によって会社の経営に及ぼす影響力は異なります。

決議の種類議決権割合決定事項
普通決議過半数取締役・監査役の選任・解任配当金の決定など
特別決議3分の2超定款の変更自己株式の取得
3分の1超特別決議の阻止

議決権取得の最低ラインは特別決議の阻止に必要な3分の1超を持たせないこと、すなわち3分の1超となります。会社の決定事項を単独で決定できるようにするためには全株式の承継が必要となるでしょう。

資産の承継

資産の承継とは、会社が事業を継続するために必要な資産を後継者に承継することです。承継する資産には以下のようなものが含まれています。

  • 自社株式
  • 事業用資産(不動産、設備、機械など)
  • 資金(運転資金、借入)
  • 許認可

これらの資産が次の後継者に承継されないと、会社があっても事業を運営できないという事態に陥ります。

承継にあたってはタイミングや承継方法を検討する必要があります。承継方法が異なるだけで、後継者の税金の負担が大きく変わることがあるからです。

知的資産の承継

事業承継における知的資産には以下のようなものがあります。

  • 経営理念
  • 従業員の技術や技能
  • ノウハウ
  • 経営者の信用
  • 取引先との人的ネットワーク
  • 顧客情報
  • 特許権や著作権
  • 会社のブランド
  • 組織力

これらの知的財産が会社の利益の源泉となることは、「のれん」の存在からも明らかです。

のれんは「営業権」「超過収益力」とも呼ばれ、M&A成約時に支払った金額のうち、買収された企業の純資産額と実際の買収金額の差額です。例えば、純資産150億円の企業を200億円で買収した場合には差額の50億円がのれんとなります。

会社の経営には目に見える資産だけではなく、目に見えない知的資産の承継が重要であり、知的資産が会社の強みや価値の源泉となっていることもあります。

中小企業の事業承継の現状

中小企業庁が公表している「中小企業・小規模事業者の数」によれば、2016年時点の全国の事業者数は358.9万者、うち中小企業及び小規模事業者は357.8万者と全体の99.7%を占めます。従業員数については全国の労働者4,013万人のうち2,784万人を中小企業が雇用しており、雇用の創出効果などを考慮すると、中小企業は地域経済の中核的な担い手であると言えます。

しかし、これら中小企業では深刻な後継者不足が発生しています。中小企業庁が公表している「中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題」によれば、2025年までに経営者の平均引退年齢である70歳を迎える中小企業の経営者は約245万人いますが、このうち約半分の127万社、実に日本企業の3分の1では後継者が未定となっています。同レポートの中では、地方経済の担い手である中小企業の後継者不足及びそれに伴う廃業によって2025年までに650万人の雇用と22兆円のGDPを喪失する可能性があると触れています。実際に中小企業庁が公表している「令和元年度(2019年度)の中小企業の動向」によれば、2019年には、経営者の高齢化や後継者不足を背景とする中小企業の廃業は万件台の水準で推移しています。

このような中小企業の後継者不足を受けて、政府は事業承継税制などの税制優遇措置や事業承継補助金などの補助金制度を創設して、中小企業の事業承継を支援しています。その成果もあってか、日本のM&A件数は増加傾向にあり、事業承継を目的としたM&A件数も増加しています。

事業承継の対策方法

地域経済ひいては日本経済の屋台骨である中小企業において、後継者不足が深刻化し、事業承継対策が喫緊の課題であることを説明しました。

それでは、事業承継対策として中小企業は具体的にどのような対策を取ればいいのでしょうか?

中小企業庁が公表している「事業承継ガイドライン 20問20答」では、事業承継対の方法として以下の3種類を列挙しています。

  • 親族内承継
  • 従業員承継
  • M&A

本ガイドラインに沿って、それぞれの対策方法について見ていきましょう。

親族内承継

親族内承継とは、子供や配偶者、子供の配偶者など親族から後継者を選定する方法です。中小企業庁が公表している「令和元年度(2019年度)の小規模事業者の動向」によれば、2019年時点で最も人気の承継方法となっています。

親族内承継は社内や取引先など利害関係者の理解を得やすく、最もスムーズに承継が進みやすいという特徴があります。そのため、早い時期から自社に入社させ、将来の経営者として教育を施すこともできます。

しかし、近年では価値観の多様化や職業選択の幅が広がったことで、親族内承継は減少しており、2017年の41.6%から2019年の34.9%となっています。

従業員承継

親族内承継に代わって主流となりつつあるのが、従業員承継です。従業員承継とは、文字通り社内の従業員から後継者を選定する方法です。上述の「令和元年度(2019年度)の小規模事業者の動向」によれば、2019年時点で33.4%を占めています。

自社に長期間勤務し、社内の事情に精通した従業員を後継者とすることで、経営の一体性を保つことができます。

しかし、従業員承継にも問題があります。まず、従来親族内承継が一般的であった会社において従業員から後継者を選定することは当従業員に強い意志がないと困難です。また、親族ではない従業員が自社株式を承継する場合には、親族内承継と比較して、資金調達や相続税対策に課題があります。

M&A

事業承継対策の第三の選択肢として注目されているのがM&Aです。M&AとはMergers(合併)and Acquisitions(買収)の略称であり、外部の第三者が自社を買収することで、経営を承継する方法です。上述の「令和元年度(2019年度)の小規模事業者の動向」によれば、M&A(外部招聘)による事業承継は年々増加しています。

価値観や職業の多様化が進む現代において、自社や親族に適任となる後継者がいなくても後継者候補を広く外部に求めることができます。また、これまで会社を経営し、支えてきた経営者が会社の売却資金を獲得し、セカンドライフを送ることもできます。

中小企業の事業承継の相談先

中小企業の事業承継の現状や承継の主な方法について解説しましたが、実務上は様々な専門家に相談しながら、事業承継対策を進めていくのが一般的です。

それでは、どのような専門家に相談して、対策を進めればいいのでしょうか?ここからは、事業承継について中小企業が相談できる専門家について解説します。

顧問税理士

中小企業の経営者が相談先として真っ先に思いつくのが顧問税理士かもしれません。自社をあの財務状況が経営状況に精通している顧問税理士がいれば、事業承継について相談してみましょう。税理士事務所は複数の企業の財務や経理を担当しているので、他社の状況を踏まえた専門的なアドバイスが期待できます。

事業承継においては相続税や贈与税などの税金対策も必要になりますが、税理士は税金のプロですので、税金の負担を軽減した承継プランの作成を依頼してもいいでしょう。

金融機関

資金調達などで取引のある金融機関も有力な相談先です。全国で課題となっている事業承継に対応するために事業承継の支援に注力している金融機関が多いので、専門的なアドバイスが期待できます。金融機関にはファイナンシャルプランナーやM&A・財務の専門家が在籍しているので、総合的な事業承継プランの作成ができます。事業承継に関するセミナーを開催している金融機関も多いので、まずはそのようなセミナーに行ってみるといいかもしれません。

ただし、金融機関はあくまでも営利企業ですので、融資を前提とした事業承継プランを作成したり、金融機関の取引先とのM&Aを勧誘してくる可能性もあります。

商工会議所

商工会議所とは、商工業の振興及び地域経済の発展を目的として設立された公益経済団体です。商工会議所は各市町村に設置されており、経営者向けのサポートを実施しており、事業承継についての相談も可能です。地域の税理士や弁護士、会計士、行政書士といった専門家に得意分野に応じた相談が可能です。

市町村によっては事業承継に関するセミナーを開催していたり、経営指導員の派遣相談や事業承継相談デスクの設置などを行っているので、まずは地元の商工会議所に問い合わせしてみましょう。

中小企業の事業承継対策の手順

中小企業における事業承継の重要性について解説しましたが、ほとんどの経営者にとって事業承継対策は初めてのものだと思います。

ここからは事業承継対策のおおまかな手順について解説します。

  1. 経営状況の把握
  2. 候補者の選定
  3. 事業承継計画の策定
  4. 利害関係者への説明
  5. 事業承継の実施

それぞれの手順について解説します。

経営状況の把握

まず最初に自社の強みや弱み、成長性、株主状況など自社の経営状況を把握します。

ここで把握した経営状況は後ほど後継者に共有し、ともに経営改善について考えます。

把握する経営状況は以下のとおりです。

  • 自社株式の保有状況(株主や保有株式数、議決権割合)
  • 自社株式の評価額
  • 経営者保証の有無
  • 事業別・商品別の売上や収益性
  • 保有する資産(有形資産、無形資産)
  • 負債や借入状況

M&Aによる承継を考えている場合には、自社のアピールポイントについて整理しておきましょう。

候補者の選定

後継者がいなければ、事業承継はできません。誰に会社の経営を委ねるかは事業承継において最も重要な決定事項ですので、明確な判断基準を設定しましょう。

例として以下のような判断基準が想定されます。

  • 事業に関する専門的な知識
  • 事業における実務的な経験年数
  • 一般的な経営に関する知識
  • 社内でのコミュニケーション能力や人間関係
  • 取引先とのコミュニケーション能力や人間関係

判断基準には優先順位を付けて、どのような後継者がふさわしいか考えておきましょう。

事業承継計画の策定

後継者を選定したら、事業承継計画を策定し、計画通りに対策を進めます。計画の策定及び実施は現経営者と後継者が共同で行います。

事業承継計画書を策定することで、現経営者・後継者が認識を合わせることができ、その後の事業承継対策が円滑に進みます。

厳格な計画書のフォーマットはありませんが、独立行政法人中小企業基盤整備機構が提供しているフォーマットが参考になります。

売上や経常利益などの利益体質や株式や定款などのガバナンスの把握と経営者や後継者の状況や今後の方針について記載します。

利害関係者への説明

利害関係者(ステークホルダー)に後継者の存在や事業承継計画について共有します。

利害関係者とは、顧客や株主、金融機関、債権者、仕入先、社員、地域社会、行政機関などを指しますが、事業承継においては以下の利害関係者に共有しましょう。

  • 株主(経営者の場合は不要)
  • 金融機関(メインバンク及び融資取引のある銀行)
  • 社員
  • 重要な取引先

特に事業承継対策の方法がM&Aの場合には、M&Aに至った経緯や社員の雇用や取引先との関係に変化がないことを強調しましょう。

事業承継の実施

利害関係者に後継者や事業承継計画について共有を行い、理解を得た上で計画を実行します。有形・無形資産の移転や後継者の育成及び経営権の段階的移譲を実施します。

親族内承継・従業員承継の場合には、自社株式に関して相続や贈与の実施及び税金対策を並行して行います。M&Aによる承継の場合には、最終合意に沿って、自社株式の売却やクロージングを実施します。

なお、これら一連の作業には税金や法律に関する高度な専門的知識が必要になりますので、実務上は税理士や弁護士などを交えて実施します。

まとめ

この記事では、事業承継の概要や中小企業における事業承継対策の必要性、具体的な対策方法や実施方法について解説しました。

日本経済の屋台骨である中小企業において後継者不足が深刻化しており、黒字廃業を避けるためにも早期の事業承継対策が必要です。

経営に忙しい経営者が一人で対策方法を検討・実施することは現実的ではないので、顧問税理士やメインバンク等の専門家に相談しながら、進めましょう。

また、中小企業庁やM&Aセンターなどのサイトマップやホームページを随時確認し、情報のアップデートを行いましょ