医療法人の事業承継の現状は?承継先別の承継方法や問題点・注意点を解説 

医療法人とは?

医療法人における事業承継について理解するためには、まず医療法人や医療機関について理解しておく必要があります。株式会社という企業形態を採用している事業会社と医療法人では、会社の仕組みが異なるからです。

厚生労働省が公表している「医療法人の基礎知識」によれば、医療法人とは「病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設することを目的として、医療法の規定に基づき設立される法人」です。

また、病院、診療所、助産所の開設、管理、整備の方法などを規定した医療法第39条によれば「病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設又は介護医療院を開設しようとする社団又は財団」と規定されており、株式会社の形態ではないことが分かります。

さらに同法の第7条6項では「営利を目的として、病院、診療所又は助産所を開設しようとする者に対しては、第四項の規定にかかわらず、第一項の許可を与えないことができる。」と規定され、第54条1項では「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。」とあります。

つまり、「非営利性」こそが医療法人の特徴であることが法律の条文から明らかであり、このことが医療法人の事業承継を特殊なものにしています。

事業承継とは?

医療法人における事業承継について理解する前に「そもそも事業承継とはなにか?」について理解しておきましょう。

事業承継とは、一言で言えば、会社の経営を次の後継者に引き継ぐことです。

中小企業庁が公表している「事業承継ガイドライン」によれば、事業承継について、承継する経営資源によって、以下の3つの構成要素に分類しています。

  • 人の承継
  • 資産の承継
  • 知的資産の承継

それぞれについて具体的に見ていきましょう。

人の承継

「人」の承継とは、「経営権」の承継を指します。医療法人の多数を占める中小企業では、会社の営業基盤や取引先との人的ネットワークが経営者に依存していることも珍しくないので、適切な後継者の選定が事業承継の成否を決めます。

一般的に後継者を選定し、後継者として育成するためには5〜10年の期間を要するとされており、可能な限り早期に適任である後継者を選定することが求められます。

詳細は後述しますが、従来主流であった親族内で有力な後継者を見つけることが難しくなっており、近年ではM&Aによって外部に後継者を求める動きが活発化しています。

資産の承継

資産の承継とは、会社が事業を継続する上で必要となる資産や財産を後継者に承継することを指します。承継する資産の具体例は以下のとおりです。

  • 自社株式
  • 事業用資産(設備や機械、不動産)
  • 資金(運転資金、債権、借入)

ただし、医療法人の場合には上記の資産価値は株式に内包されるため、自社株式の承継が基本となります。自社株式の承継に際しては、多額の相続税・贈与税がかかることがあるので、後継者の納税資金の確保や各種税制や補助金の活用も検討します。資産の承継については税金対策が必須となりますので、税理士などの専門家に相談しながら進めていくことになります。

知的資産の承継

知的資産とは、簡単に言えばM&Aの「のれん」のことです。企業は不動産や設備などの目に見える資産や財産の他に無形の資産を保有しており、それらが会社の競争力の源泉となっていることも珍しくありません。知的資産としては以下のものが挙げられます。

  • 従業員のスキルや技術
  • 特許権や著作権
  • 自社のブランドや知名度
  • 取引先との人的ネットワーク
  • 経営理念

例えば、中小企業や小規模事業者では経営者と従業員の距離が近く、両者の信頼関係が円滑な事業運営の基礎となっています。事業承継によって信頼関係が喪失されると、従業員のモチベーションの低下や離職に繋がります。このような事態を防ぐためにも、自社の強みや競争力の源泉、その他目に見えない財産を把握し、後継者に承継することが重要です。

医療法人の事業承継の現状

中小企業庁が公表している「中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題」によれば、2025年までに経営者の平均引退年齢である70歳を超える中小企業の経営者は245万人、そのうち半数の127万社で後継者未定となっています。

総務省統計局が公表している「経済センサスから見た日本の個人企業」によれば、医療法人の個人比率は6割を超えており、中小企業や小規模事業者の割合が大きいと推測されます。したがって、後継者不足についても医療法人の課題であると予想できます。

実際に帝国データバンクの「全国・後継者不在企業動向調査(2019年)」によれば、国内の企業のうち約65%が後継者未定である一方で、医療法人は無床診療所で約9割、有床診療所で約8割と平均よりもさらに厳しい状況にあります。

また、日本医師会の政策提言をサポートするシンクタンクである日本医師会総合政策研究機構によれば、診療所の開設者や医療法人の代表者の年齢は60歳以上が半数を超えており、経営者の高齢化が深刻化しています。後継者未定のまま経営者が引退年齢を迎えると廃業を選択せざるを得なくなり、地域住民の医療インフラに重大な影響を及ぼします。

事業承継スキーム別の方法

一般的な事業承継スキームには、親族内承継、従業員承継、M&Aがあります。医療法人の大多数は中小企業及び小規模事業者ですが、これらの規模の企業では、従来親族内承継が一般的でした。しかし、価値観や職業の多様化や後述する医師不足などによって最近では親族内で後継者を見つけることが難しくなっています。そのため、外部に承継先を求めるM&Aが注目を集めています。ここからは事業承継スキームのうち、親族内承継とM&Aについて承継の流れを解説します。

親族内承継

一般的な親族内承継では、経営者兼株主が保有する自社株式を移転することで完結しましたが、冒頭で述べた通り、医療法人は株式会社ではないので、手順が少々異なります。また、親族内承継といってもいくつか方法があります。ここでは、代表的な以下の方法を解説します。

  • 出資持分の移転
  • 出資持分の払戻し
  • 認定医療法人の活用

まず、医療法人では、社員が法人に出資することで、設立するという形を採用しています。したがって、親族内承継では、医療法人の経営者(理事長)が後継者に出資持分を移転する方法があります。この時、相続や贈与によって移転するわけですが、移転には譲渡代金と取得費の差額に対して、所得税及び住民税がかかります。しかし、出資持分のある医療法人では、出資した社員全員が出資額に関係なく1個の議決権を有します。そのため、理事長から出資持分を承継することに加えて、議決権を有するすべての社員の承諾を得る必要があります。

次に想定されるのが出資持分の払戻しによる承継です。これは理事長が医療法人を退職して、出資持分に応じた払戻を受けます。理事長の後継者が医療法人に出資することで、入社、理事長に就任します。出資持分の移転と異なり、理事長と後継者の間で出資持分の譲渡が発生しないため、所得税及び住民税がかかりません。ただし、後継者の理事長就任のためには移転と同様に、議決権を持つ他の社員の同意が必要です。

最後が認定医療法人の活用です。認定医療法人とは、持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行を意思決定し、その移行計画や一定の要件を充足していること等を記載した認定 申請書を提出し、厚生労働大臣から認定を受けた医療法人を指します。移行にあたっては出資持分を放棄することになります。ただし、放棄されると他の出資者は放棄した出資持分に相当する利益の贈与を受けたとみなされるので、贈与税(もしくは相談税)の納税義務が生じます。しかし、認定医療法人の認定を受けることで、贈与税の納税猶予を受けられ、移行後6年で免除となります。

M&A

M&Aとは、Mergers(合併)and Acquisitions(買収)の略称であり、外部の第三者に承継先を求める手法です。通常、M&Aでは自社株式を譲渡することで経営権を承継しますが、医療法人は株式会社ではないので、この方法は採用されません。医療法人のM&Aによる承継方法は以下の3つに集約されます。

  • 持分譲渡
  • 出資の払戻し
  • 合併

持分譲渡は最も一般的な承継方法です。理事長から外部の第三者に出資持分を譲渡することで、承継します。

出資の払戻しでは、理事長が医療法人を退職、出資持分に応じた払戻を受け、外部の第三者が医療法人に出資することで、理事長に就任します。

合併は複数の会社を1つの会社に統合することですが、医療法人の場合には「非営利性」という特徴から、医療法人同士の合併に限って認められています。合併はさらに吸収合併と新設合併に大別されます。吸収合併とは、医療法人Aが医療法人Bを吸収し、AがBの権利義務の一切を引継ぎます。一方で新設合併では、医療法人Aと医療法人Bが合併し、新設された医療法人CがAとBの権利義務の一切を承継する方法です。

医療法人の事業承継のポイントや注意点

医療法人の代表的な承継方法については上述のとおりです。

しかし、非営利的であることや医療という特殊性から通常の株式会社の事業承継と異なるポイントや注意点があります。医療法人の事業承継に際しては、事前にこれらの注意点について理解しておくことが必要になります。

相続税や贈与税の負担が重くな

医療法人の大半を占める持分のある医療法人が事業承継を実施する際には理事長が保有する出資持分を後継者に移転します。この時に譲渡代金と取得費の差額に対して、所得税及び住民税がかかることについてはすでに触れたとおりです。

ここで問題となるのは納税額の大きさです。医療法の第54条1項では「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。」と規定されていますので、一切の配当ができません。配当によって利益が外部流出しないので、内部に蓄積され、かつ含み益を抱えることになります。そうすると、課税額が大きくなり、後継者の負担が増大します。後継者が納税資金を事前に確保していれば、問題ありませんが、確保できていない場合には延納や金融機関からの借入が必要になります。

株式会社より事業承継が難しい

医療法人は財団・社団という会社形態を採用しているが故に事業承継が困難になります。具体的な理由について以下に解説します。

第一の理由は後継者となりえる人物が限られていることです。通常の株式会社であれば、原則として誰でも後継者になることができます。しかし、医療法第46条6項では、「医療法人(次項に規定する医療法人を除く。)の理事のうち一人は、理事長とし、医師又は歯科医師である理事のうちから選出する。」と規定しており、医療法人の後継者になるためには医師免許を保有している必要があるのです。当然、通常の株式会社と比較すると、後継者の選択肢は狭まります。

第二の理由は意思決定のコントロールが利かないことにあります。株式会社では、議決権割合に応じた決定権が認められているので、自社株式を取得することで、意思決定を完全に掌握することができます。しかし、医療法人においては、出資金額の多寡に関わらず、出資した社員が1個の議決権を持ちます。したがって、たとえ後継者として医療法人に入社しても同等の議決権を持つ社員の賛同を得る必要があります。

最後に出資持分の買取資金が必要になることです。医療法人の事業承継では、後継者が理事長の出資持分を譲渡によって得ることが一般的ですが、譲渡代金と取得費の差額に対して、所得税及び住民税がかかります。さらに配当が禁止されている医療法人では、利益が蓄積し、含み益によって課税金額が多額になることも珍しくありません。

M&Aのハードルが高い

中小企業の事業承継対策として注目が集まっているM&Aですが、医療法人のM&Aはその特殊性からハードルが高くなっています。医療法人のM&Aが難しいと言われる理由は主に以下の理由によるものです。

  • 適任となるM&A仲介会社が少ない
  • 出資による見返りが少ない

通常、M&Aを希望する企業はM&A仲介会社のマッチングサービスを利用します。仲介会社が持つ買い手候補のリストから買い手を見つけてきて、紹介してもらうのです。多くの売り手・買い手が登録しているマッチングサービスでは、条件の合う相手が見つかりやすくなります。

しかし、医療法人の買い手候補の多くは開業を目指す勤務医です。買い手候補となる勤務医の数は限られている上に、限られた勤務医とM&A仲介会社が接点を持つことは非常に難しいのです。結局、買い手が見つからずに、M&Aによる事業承継を断念するケースもあります。

次に出資による見返りが少ないこともM&Aによる事業承継を阻む要因です。既に触れましたが、医療法人は出資額に応じた議決権を得られるわけではなく、出資した社員全員が平等の議決権を持ちます。したがって、M&Aによって医療法人を獲得したところで、あくまでも他の社員と同列に扱われるのです。また、医療法人には配当が禁止されているので、配当金を受け取ることもできません。このように出資したところでそれに見合う見返りが少ないので、医療法人は買収先としても魅力的に映らないのです。

まとめ

この記事では、医療法人を取り巻く事業承継の現状や承継先別の承継方法について解説しました。

医療法人は他の産業と比較しても、後継者不足が深刻化しており、後継者の選定と事業承継対策は喫緊の課題と言えます。

しかし、医療法人の非営利性やそれに伴う様々な制限が医療法人の事業承継を複雑かつ困難なものにしています。

医療法人の事業承継は通常の株式会社に比較して、明らかに難易度が高いので、早めの対策が必要になります。その専門性の高さから相談先も限られていますが、税務の専門家である顧問税理士や金融機関、また無料で相談できる商工会議所など様々な機関に相談することから始めてみましょう。