運送業界における事業承継対策やそのポイントを解説

現在、日本では中小企業における後継者不足が問題となっており、事業承継が喫緊の課題です。運送業界では事業者のうち99.9%を中小企業が占めており、運送事業者にとっても事業承継は大きな課題であると予想されます。

この記事では、事業承継の対策方法やポイント、運送事業者が後継者に事業譲渡したときに活用できる事業承継の税制優遇措置や補助金制度についてご紹介します。

運送業界とは?

運送業界における事業承継について解説する前に運送業界という業種について定義したいと思います。

運送業界の定義については、総務省が「日本標準産業分類」を公開しています。

この中で「運輸業」について、以下の業種を定義しています。

  • 鉄道業
  • 道路旅客運送業
  • 道路貨物運送業
  • 水運業
  • 航空運輸業
  • 倉庫業
  • 運輸に附帯するサービス業
  • 郵便業

このように鉄道業や郵便業など幅広い産業を含む運輸業ですが、今回の記事では、主にトラックや自動車によってドライバーが貨物の運送を行う道路貨物運送業を運送業界と定義して、解説します。

国土交通省が令和2年7月に公表した「物流を取り巻く動向について」によれば、トラック運送業の事業者62,068社合計の営業収入は16兆3,571億円、従業員数は193万人を数える巨大産業です。

また、同報告書によれば、トラック運送業の事業者62,068社のうち99.9%が中小企業であることがわかります。

事業承継とは?

運送業界における事業承継について解説する前に事業承継について定義したいと思います。

事業承継は、一言でいえば、会社の経営を後継者に引き継ぐことです。

事業承継は特に経営規模の大きくない中小企業において課題として認識されています。

中小企業では、オーナー経営者自身が会社の強みや存立基盤となっていることが珍しくありません。しかし、すべての企業において、経営者はいずれ引退し、会社の運営を次の経営者に引き継ぐ必要があります。

中小企業庁では、事業承継について、以下の3つの要素から構成されるとしています。

  • 経営の承継
  • 知的資産の承継
  • 資産の承継

これら3つの要素がすべて次の経営者に承継されて初めて事業承継対策が完了します。

以下、それぞれについて解説します。

経営の承継

事業承継における経営の承継とは、「人」や「人材」の承継を指します。中小企業において、特に重要になるのが経営の承継です。

中小企業では、取引先との取引関係、社内外の人材ネットワーク、営業基盤、技術やノウハウなど会社の強みがオーナー一人に依存していることが少なくないからです。

したがって、次の経営者に株式と経営権を譲渡したからといって、会社としてそれまでと同等のパフォーマンスが保証されるわけではありません。

次の経営者に時間をかけて後継者育成を行い、経営ノウハウや取引先の信頼関係の醸成を行う必要があります。後継者育成の期間は企業によって異なりますが、概ね5〜10年程度かかるといわれています。

知的資産の承継

知的資産は有形資産と対をなす会社の資産です。すなわち会社の強みの源泉力となる無形資産のことです。

知的資産としては以下が挙げられます。

  • 技術力やノウハウ
  • 取引先や金融機関との人的ネットワーク
  • 知名度やブランド
  • 顧客基盤(顧客リストなど)
  • 特許権や著作権
  • 経営理念
  • 借地権や電話加入権
  • 許認可

これらの資産は貸借対照表上には計上されませんが、会社の事業経営の基礎となっています。

それと同時に目に見えない為承継が難しいという特徴があります。

資産の承継

資産とは有形資産を指します。有形資産は貸借対照表上に計上されているもので、特に事業経営に不可欠な営業用資産について円滑な承継が問題になります。

資産として考えられているものは以下のとおりです。

  • 自社株式
  • 有価証券
  • 建物や土地などの不動産
  • 運転資金
  • 借入金

特に経営者自身に所有権がある自社株式などについては、承継にあたって高額な税金が課されることがありますので、承継のタイミングなどに配慮した上で、税金対策も行う必要があります。

中小企業の後継者不足

事業承継対策と切っても切れない関係にあるのが、中小企業で深刻化する後継者不足です。

中小企業の後継者不足については様々なデータが証明しています。

株式会社東京商工リサーチが2019年11月7日に公表した後継者不足に関するアンケート結果によれば、後継者未定の中小企業は全体の55.6%と半数を超えています。後継者未定の中小企業では、経営者の年齢が60代が40.9%、70代が29.3%、80代が23.8%となっており、経営者の高齢化が後継者不足の背景にあることがわかります。

同調査では、産業別の後継者未定企業の割合も公開しています。これによれば、運輸業で後継者未定の企業は52.27%と全体の平均以下に収まっているものの、半数を超えています。また、運輸業の99.9%が中小企業であることを考慮すれば、運送業界においても事業承継対策が課題となっていることが想定されます。

後継者未定に関連して、2018年に廃業又は解散した企業数は4万6,724社と過去最高を更新しました。経営者が高齢であり、後継者未定である場合には企業の存続に関わります。

また、経済産業省が公表している「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」によれば、2025年までに70歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者245万人に対して、後継者未定の事業者は半数の127万社となっています。70歳は経営者の平均引退年齢ですので、中小企業の約半分が後継者不在のまま経営者引退の時期を迎えることになります。

運送業界は99.9%を中小企業が占めますので、多くの事業者が同様の問題に直面することが予想されます。

運送業界の事業承継対策

運送業界に属する多くの事業者が後継者不在の問題に直面している可能性について指摘しました。

それでは、事業承継対策をどのように進めていけばいいのでしょうか?

オーナー経営の中小企業における後継者候補としては、親族・従業員・第三者の3つに集約されます。

これらの後継者候補について、それぞれの対策について解説します。

親族内承継

親族内承継とは文字通り、オーナー経営者個人の親族内から後継者を選定する方法です。

親族内承継では、経営者の子供・配偶者、子供の配偶者、兄弟姉妹などが選ばれますが、子供を後継者とするケースが多いようです。

親族から後継者を選定することは従業員や取引先、金融機関からの理解を得やすく、また早い時期から入社させることで後継者として時間をかけて育成することができます。

事業承継対策としては、最もオーソドックスな方法であり、以前は対策方法として最も大きな割合を占めていました。

しかし、様々な職業が誕生したことや価値観の変化によって、以前と比較すると、「親の会社を引き継ぐことは当然だ」と考える若者が減少しています。したがって、親が子供を後継者に選定したいと考えていても、承継を断られるケースも珍しくありません。

従業員承継

従業員承継とは、会社の従業員の中から後継者を選定する方法です。

中小企業庁によれば、従業員承継は事業承継対策としては最も多く採用されている方法です。

同庁のデータによれば、2007年以降は従業員承継は件数が増えているわけではないものの、親族内承継と比較すると、件数は多く全体の5割近くを占めているようです。

親族から後継者を断られた時や親族内に適当な候補者がいないときに従業員から候補者を探す経営者の方が多いようです。従業員であれば、社内から広く候補者を選定することができますし、自社の事業内容や取引先との関係などに熟知した従業員を抜擢することができます。

ただし、後継となる従業員にその意思がなかったり、経営者が保有する株式を承継する際の贈与税が問題となり、承継を断念するケースがあるようです。

M&A

事業承継対策の第三の道といわれるのがM&Aです。

M&AはMerger&Acquisitionの略称であり、企業の合併及び買収を意味します。

親族内及び社内で適切な後継者を選定できない場合に廃業を回避する手段としても採用されています。

経済産業省が公表している情報を見てみましょう。「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」によれば、日本のM&A成立件数は毎年増加傾向にあり、2018年には過去最高の3,850件を記録しています。このうち事業承継対策としてのM&A件数も増加傾向にあります。

M&Aによって、後継者不在による廃業を回避できるだけではなく、後継者の育成や自社株買取資金を準備する必要もありません。M&Aは事業承継の方法としては未だマイナーな存在ですが、今後増加傾向にあり、親族内承継・従業員承継に代わる事業承継対策方法として注目を集めています。

運送業界の事業承継で気をつけること

運送事業者の大半が中小企業であり、中小企業の多くが後継者不足に直面していることから、運送業における事業承継対策は喫緊の課題であることが予想されます。

事業を次の世代にバトンタッチして、事業を継続するためには円滑な事業承継が必要になります。

ここからは、運送業における事業承継を円滑に実施するための注意点やポイントについて解説します。

後継者の早期選定

会社の事業を後継者に承継することは単なる業務の引継ぎとは難易度が異なります。事業や経営に対する理解はもちろんのこと、危機管理能力や対外折衝能力、リーダーシップなど経営者に求められる資質の獲得には長い期間を要します。

中小企業庁の「事業承継診断~10年先の会社を考えてみませんか?」によれば、後継者の育成には概ね5〜10年かかります。高齢化によって、経営者が突然引退しなければならない事態もあるので、早い時期から後継者の決定・育成を始めることが必要になります。

自社株の移行

後継者は安定した経営のために自社の議決権シェアを獲得する必要があります。獲得するべきシェアとしては、特別決議の可決に必要な3分の2以上が最低ラインとなります。

自社株を移転する方法としては、売買・贈与・相続の3種類があります。もし、売買によって自社株を移転する場合には、後継者は会社の純資産×2/3の買取資金を準備しなければなりません。その場合には、会社の役員として就任させ、役員報酬を支払う、金融機関からの借入といった方法が必要になるでしょう。

必要に応じた資産管理会社の設立

資産管理会社とは、不動産や有価証券を保有している資産家の資産管理を目的に設立される会社のことです。通常、資産家の私的資産の管理を行っているので、プライベートカンパニーと呼ばれていますが、事業承継対策として資産管理会社を設立することもあります。

この場合には、会社Bを経営する現経営者が資産管理会社A社を設立し、A社が銀行借入によって経営者保有の自社株を買取します。B社の経営は後継者に委ねますが、B社の株主はA社であり、A社の株主は経営者ですので、引退後もB社の実質的支配者となります。A社はB社の株主として、配当金を受け取って、配当金から借入の返済を行います。

資産管理会社の設立によって、後継者が自社株を買取せずに、B社の経営者となることができます。後継者は将来的にA社の株式を取得しますが、A社の自社株は買取価格と相続税評価額の差額によって含み損ができます。これによって、A社の承継に必要な資金を圧縮することができます。

資産承継対策とセットで考える

円滑な事業承継を実施するためには、資産承継を確実に行う必要があります。資産承継とは、経営者が個人で保有している資産を次の世代(配偶者や子供など)に承継することです。承継資産で最も課題になるのは自社株です。自社株を含めた資産を相続や贈与によって承継すると、資産額によっては多額の相続税や贈与税が発生します。しかし、経営者の資産のほとんどが自社株であることが多く、相続人は納税資金の確保に苦労することがあります。また、法定相続では、自社株が相続人に分散することで、次の経営者の経営が不安定化する可能性もあります。

資産承継の基本は相続人の納税資金を確保することと後継者に自社株を集中させる形での分割方法を考えることです。

運送業界の事業承継で活用できる制度

上述のように事業承継では納税資金の確保や自社株の移行などが必要になり、少なくない負担がかかります。

運送業の99.9%を占める中小企業にとって、これらの負担は大きく、円滑な事業承継を断念し、次の世代で経営が不安定化したり、最悪の場合には廃業に追い込まれるかもしれません。。そこで、国が用意している税制優遇措置や補助金制度を活用し、自社の負担をできる限り小さくしましょう。

事業承継税制

従来、事業承継では自社株を承継するときに多額の贈与税や相続税がかかることがネックになっていました。こうした問題を解決するために、主に中小企業向けに、後継者が取得した資産について贈与税や相続税の納税を猶予する事業承継税制が生まれました。さらに2018年には事業承継税制の活用を促進するため、新たに特例措置が設けられました

事業承継税制の大まかなポイントは以下のとおりです。

一般措置特別措置
対象株式発行済議決権株式総数の3分の2全株式
猶予対象評価額贈与100%相続80%100%
雇用に関する要件5年平均で相続・贈与時の80%以上を維持実質撤廃
贈与者先代経営者のみ複数株主
後継者の人数後継経営者1人のみ持ち株10%以上の後継経営者3人まで
減免要件民事再生や会社更生の際、その時点での評価額で相続税・贈与税を再計算し、超える部分の猶予税額を免除譲渡や合併による消滅・解散時にも一般措置と同様の減免を導入可能

このように特別措置では、事業承継時に発生する贈与者や相続税の負担を実質無料にすることができます。

ちなみに税制は変更になることもあるので、活用を検討する際には最新情報を確認しましょう。

事業承継補助金

事業承継補助金は事業承継やM&Aを契機として、新しい取組を行う企業や経営資源の引継ぎを行う中小企業を支援する制度です。

事業承継補助金には、経営革新と専門家活用の2種類があります。

経営革新専門家活用
概要事業承継を契機とした経営革新等(事業再構築、設備投資、販路開拓等)への挑戦に要する費用を支援する制度M&A実行にあたり、外部専門家に依頼した場合の専門家等の活用費用を支援する制度
補助率1/2以内1/2以内
補助金額250~500万円以内(上乗せ額:200万円以内)250万円以内(上乗せ額:200万円以内)
補助対象経費設備投資費用人件費店舗・事務所の改築工事費用などM&A支援業者に支払う手数料デューデリジェンスにかかる専門家費用など

補助金については、公募要領や利用規約などをチェックし、自社が対象となる中小企業に含まれているかを確認しましょう。

まとめ

事業承継とは、会社の経営を次の経営者となる後継者に引き継ぐことです。オーナー経営者自身が会社の強みや存立基盤となっていることが多い中小企業では、事業承継対策が重要になります。運送事業者の99.9%は中小企業ですので、運送業界において事業承継は重要なテーマです。

オーナー企業においては親族内承継・従業員承継・M&Aの3つの選択肢があり、M&Aが普及しています。円滑な事業承継を進めるために早期の後継者育成や自社株式の移行が必要になります。

資金力に乏しい運送事業者では、事業承継税制や事業承継補助金の活用が考えられます。これらの税制や補助金の活用にあたっては税理士などの専門家に相談し、サポートを受けましょう。